2017-01-01から1年間の記事一覧

セーレン・キェルケゴール『各-単独者』私の著作家-活動に関する二つの「覚書」:試訳①

»Den Enkelte« 『各-単独者』 Tvende »Noter« betræffende min Forfatter-Virksomhed 私の著作家-活動に関する二つの「覚書」 Af S. Kierkegaard S・キェルケゴール 著 Forord 序言 I disse Tider er Alt Politik. Det Religieuses Anskuelse er en derfr…

ヴィギリウス・ハウフニエンシス(キェルケゴール)著『不安の概念』考-まとめノート➃-

キェルケゴールの思考とヘーゲルの思考は、人が著作の中に深く達すれば達するだけ、全く不等な行き方のものであることが分かる。単に一つの点或いは多くの個々の点の不一致が問題ではない。なぜなら、そのような不一致はたぶん除くことができるであろう。そ…

ヴィギリウス・ハウフニエンシス(キェルケゴール)著『不安の概念』考-まとめノート③-

[キェルケゴールは]伝統的な教義的解釈たるアダムの根源正義と堕罪による宿罪の理解から離れて立っているというエマニュエル・ヒルシュの指摘はもっともであり、『不安の概念』を理解しようとする人々は、屡々伝承的な教義学の立場に立ったままでキェルケ…

セーレン・キェルケゴール『瞬間』第十号(遺稿)より「「瞬間」とは何時なのか?」試訳

『瞬間』誌第十号(遺稿) Naar er »Øieblikket«? 「瞬間」とは何時なのか? ────────── Øieblikket er, naar Manden er der, den rette Mand, Øieblikkets Mand. 瞬間とは、その人、即ち真正の人、瞬間の人がそこに存在する時のことだ。 Dette er en Hemmel…

セーレン・キェルケゴール『瞬間』誌第5号より「長い衣で歩き廻ることが好きな者たちに対して用心せよ!」

Øieblikket Nr.5 『瞬間』第五号 »Vogter Eder for dem, som gjerne gaae i lange Klæder!« (Mc. 12, 38; Luc. 20, 46.) 「長い衣で歩き廻ることが好きな者たちに対して用心せよ!」 (マルコ伝12章38節、ルカ伝20章46節) 15 Juni 55 1855年6月15日 Da »Sa…

ヴィギリウス・ハウフニエンシス(キェルケゴール)著『不安の概念』考-まとめノート②-

セーレン・キェルケゴールの著作『不安の概念』は、或る意味では、既にP・M・メラーが将来に激震を齎すだろうと予見し、ニヒリズムという名称によって総括した否定的な諸傾向を徹底的に論破するものと解されなければならない。ニヒリズムの傾向は精神的存在…

ヴィギリウス・ハウフニエンシス(キェルケゴール)著『不安の概念』考-まとめノート⓵-

本ブログ記事は、非常に難渋な言い回し方が多いヴィギリウス・ハウフニエンシス(キェルケゴール)著『不安の概念』について、原文を参照しつつそのアウトラインを追うことができるようにまとめたノートです。アウトラインを追えるようにするという意味で、…

アンチ-クリマクス著/セーレン・キェルケゴール刊 『死に至る病』-キリスト教的な哲学的人間学と人間的可能性の現象学を指標とする論述-まとめノート➃

[…]Mennesket er en Synthese af Uendelighed og Endelighed, af det Timelige og det Evige, af Frihed og Nødvendighed, kort en Synthese. En Synthese er et Forhold mellem To. Saaledes betragtet er Mennesket endnu intet Selv. I Forholdet melle…

アンチ-クリマクス著/セーレン・キェルケゴール刊 『死に至る病』-キリスト教的な哲学的人間学と人間的可能性の現象学を指標とする論述-まとめノート③

Mennesket er Aand. Men hvad er Aand? Aand er Selvet. Men hvad er Selvet? Selvet er et Forhold, der forholder sig til sig selv, eller er det i Forholdet, at Forholdet forholder sig til sig selv; Selvet er ikke Forholdet, men at Forholdet fo…