ソクラテスの遺言-ミシェル・フーコー『真理の勇気-自己と他者の統治Ⅱ-』-

 

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ソクラテスの遺言

ミシェル・フーコー『真理の勇気-自己と他者の統治Ⅱ-』

1984年2月15日 第二時限講義の考察

「真理のためには命を捧げる」

(ラテン詩人ジュヴェナーリス)

 

0.はじめに

 本稿は、主にミシェル・フーコーが『真理の勇気-自己と他者の統治Ⅱ-』講義(1984年2月15日第二時限)において提示した「ソクラテスの遺言」についての見解を考察・補足するものである。

 

1.導入

 フーコー自身が2月1日講義で自ら極めて図式的な説明として説明していることを捉えておくと理解が進みやすくなる。その図式とは「真理/知」⇔「権力/他者・規範」⇔「主体/自己」というトライアングル回路である。

 

 私は、政治的実践の領野においてパレーシアの分析を取り上げ直すことによって、或いはそうした分析を企てることによって、主体と真理との諸関係について私が企ててきた分析の中に結局のところ絶えず現前していた一つのテーマ、つまり、主体と真理との間の作用における権力の諸関係及びその役割というテーマに接近しました。(フーコー『真理の勇気』p.12)

 

 ここで言っているのは、つまり「真理/知」と「主体/自己」の相互関係において「自由の実践(倫理的実践)[=パレーシア・何についてでも率直に真実を語ること]」が働いているが、そこに「権力/他者・規範」はいかに規制を働かせているかを観る、という ことである。「パレーシアステースとしてのソクラテス」ないしを考察するうえでもこのトライアングル回路の図式は方法として生きているので、これを踏まえておくことが重要となる。

 

2.ソクラテスの遺言の謎

 まず、フーコープラトンパイドン』の最後の数行において、プラトンによって報告されているソクラテスの最期の言葉が哲学史においてずっと謎とされ続けてきた難題であることを取り上げる。

 

プラトンパイドン』118a「クリトン、我々はアスクレピオスに雄鶏一羽の借りがある。その借りを返しておいてくれ、忘れないようにしてくれ。」

 

 alla apodote kai mê amelêsêteで「その借りを返しておいてくれ」となるが、フーコー自身が参照している仏語訳ではなぜか「私の借りを返しておいてくれ」となっているようである。フーコー自身もそれを指摘しているが、ここでの違いはこの謎の分析にも関わってくるのでポイントとして抑えておくことが必要になる。なお、フーコーはこの難題を解決する為に、主に彼の恩師の一人であるジョルジュ・デュメジルの『灰色の層』の第二テクストにおける解釈を援用しつつ、通俗的とされる解釈や、ニーチェやヴィラモーヴィッツ、フランツ・キュモンらの解釈を通覧し、この謎についての自らの解釈を提示していくことになる。

 

※ジョルジュ・デュメジル(1898-1986):比較神話学者。フーコーとは1956年春にスウェーデンのウプサラで出会って以来、フーコーの最晩年に至るまで中断されることなく続いた。フーコーデュメジルとの間に保たえる事になる知的影響及び友情の関係については、デゥディエ・エリボン著『ミシェル・フーコー伝』に詳しい。

 

3.議論の大前提となること-アスクレピオスという神とギリシアの儀礼的行為-

 アスクレピオスは人間に対してたった一つのことしかしない神、即ち時々人間に治癒をもたらすことしかしない神である。「アスクレピオスに雄鶏一羽を捧げる」ということは、アスクレピオスが実際に治癒をもたらした時、治癒が実際に果たされたあとで、この神に感謝を捧げるために行われた伝統的な儀礼的行為である。

 

4.哲学史上の伝統的解釈-生はそれ自体一つの病であり、死はその病の治癒である-

 ソクラテスの最期の言葉は、「生はそれ自体一つの病であり、死はその病の治癒である。従ってソクラテスは最後にこの病から解放してくれたアスクレピオスに感謝の意を示すために捧げ物をするように勧告した」と解釈されてきた(フーコーが挙げている例:ラマルティーヌ、ロバン、バーネット、ニーチェ、オリュンピオドロス)。

 

※新プラトン主義者・オリュンピオドロスの解釈:「なぜ、アスクレピオスに雄鶏の捧げ物がなされたのか。それはen tê genesei(生成の中で、時間の中で)、魂を苦しめたものに、治癒がもたらされるようにするためである。つまり、魂は死を通じて永遠に近づき、genesis(生成、その変化、その堕落)を逃れることになるのであり、そして魂は、死によってgenesisに結びついたあらゆる苦難から治癒することになるのだ。」

 

 フーコーによれば、この解釈は厳密には「生がそれ自体一つの病である」という考えではないが、歴史上においてこれ以降に現れる捉え方とは互いに似通っている。フーコーはそれにしたがって、ソクラテスの最後の言葉を「生はそれ自体一つの病であり、死はその病の治癒である。従ってソクラテスは最後にこの病から解放してくれたアスクレピオスに感謝の意を示すために捧げ物をするように勧告した」と捉える解釈は、ほぼ二千年前からずっとなされてきた哲学史上の伝統的解釈だと位置づける。

 

5.ニーチェの解釈-ソクラテスの最期の言葉と存命中の姿勢の間にある矛盾の指摘-

 ニーチェもまたソクラテスの最期の言葉の謎を「生はそれ自体一つの病であり、死はその病の治癒である。従ってソクラテスは最後にこの病から解放してくれたアスクレピオスに感謝の意を示すために捧げ物をするように勧告した」という捉え方から解釈している。しかしニーチェは、そのように解釈すると、ソクラテスがその生の最後の瞬間に発した言葉と存命中に彼が語り、成してきた全てのこととの間に矛盾が生じることを完璧に見抜いた。ニーチェは「生は一つの病であり、死によって治癒をもたらされるべきである」という考えが、生前のソクラテスの教えには符合しえないと指摘した。その上でニーチェは、その矛盾の解決のために、ソクラテスが、唾棄すべき前者をもって賞賛すべき後者のすべてを打ち消して台無しにしてしまったとした。その詳細は『悦ばしき知識』§340「死に臨んだソクラテス」に記されている。

 

ニーチェ『悦ばしき知識』§340:「死に臨んだソクラテス。私は、ソクラテスがなしたこと、語ったこと-そして全く語らなかったこと-の全てにおける彼の勇気と叡智に敬服する。皮肉と愛に満ちた神霊にしてアテナイのねずみとりであったこの人物、不遜極まる若者たちをも震え上がらせ嗚咽させたものこの人物は、かつてこの世に在った最も賢明な多弁家であったばかりではない。彼は沈黙においても同様に偉大であった。私が思うには、彼はその生涯の最後の瞬間にも沈黙を守ってくれたらよかったのだ。そうしてくれていたなら、恐らく彼は一層高い精神段階に属していただろう。ところが、それが死であったのか毒であったのか、敬虔さであったのか悪意であったのか、そのどれであったのかは知らないが、とにかくその時何かがあの最後の瞬間に彼の口を解きほぐし、で彼は言ったのだ、「おお、クリトンよ、私はアスクレピオス神に雄鶏一羽の借りがある」と。この笑止でありかる恐るべき「最期の言葉」は、聞く耳ある者にとっては次のことを意味している。「おお、クリトンよ、生は一つの病である!」と。こともあろうに!明朗で、誰が見ても兵士のように生きてきた、彼ほどの人物が、ペシミストだったとは!どうやら彼は、生に対して平静を保って見せていていただけだったのであり、生きているうちは自らの究極の判断、自分の奥底の感情を隠していたに過ぎないのだ!ソクラテス、このソクラテスは生に苦悩していたのだ!のみならず彼は尚その復讐までやったのだ。その曖昧で怖ろしく、敬虔であると同時に冒瀆的な言葉によって!ソクラテスの如き人物でさえも、復讐せずにはおれなかったのか?彼の有り余るばかりの徳の中にも一グランの宏量が欠けていたのか?おお、友よ!我々は、ギリシア人をも超克しなくてはならぬのだ!」

 

6.デュメジルの解釈①-アスクレピオスへの借りに関する再考察の必要性-

 デュメジルもまたニーチェと同じような矛盾を捉えた人であるが、彼は問題のテクストに与えるべき意味に関してニーチェとは全く異なる結論へと至る。まず、プラトンの全著作を俯瞰しても、また『パイドン』それだけを取り上げても「生は一つの病である」とは教えられられてはいない。

 

※『パイドン』62b:「「[…]秘教において発せられる言葉に次のようなものがある。我々はphrouraにいる(en tini phroura)のであって、そこから自分を解放したり逃げ出したりしてはならないというのだが、これはどうも深遠な教えで、僕には容易なことでは理解し難いもののようだ。だがケベス、少なくとも、これだけは本当だと思われる。つまり、我々に気を配ってくださるのは神々である(to tous theous einai epimeloumenous)、そして我々人間は、神々の所有物の一つなのだ(tôn sautou ktêmatôn)ということだけは。君にはそう思えないかね」「思います」とケベスが答えました。」

 

 phroura(プルーラ)という語は、oraô(オラオー:見る)という動詞に由来し、警戒の行き届いた空間を喚起させる語である。それにポジティブな意味を与えるかネガティブな意味を与えるか、或いは受動的な意味を与えるか能動的な意味を与えるかによって、「監獄」、「牢獄」、「囲い地」、「監視区域」、「監視哨」、「見張られている場所」等といった訳され方がなされる。しかし重要なのは、このことではなく、むしろその後に続くソクラテスの語りである。つまり、「我々人間が神々による配慮と心遣い(epimeleisthaiエピメレイスタイ)の対象だ」ということのほうが重要である。エピメレイアないしエピメレイスタイという語は、常にポジティヴな活動を指し示す語である。従って「我々はphrouraにいる」という一節に「我々は神々によって監視された監獄の中にいる」というようなネガティヴな意味を与えることはできず、むしろ、「我々はこの世において神々の好意や保護、心遣いのもとにいる」という意味に解されるものである。これは「生は一つの病であり、人は死によってそこから解放される」という考えとは合わない。

 

※『パイドン』69a-e(※1):「[…]快楽と快楽、苦痛と苦痛、恐怖と恐怖を、まるで貨幣ででもあるかのように、大きいのと小さいのとを交換するのは、徳を得るための正しい交換とはいえないだろう。そうではなくて我々がこれら全てをそれと交換すべきただ一つの真正な貨幣があるだろう。知恵こそそれなのだ。そしてもしすべてが、それを得るために、或いはそれを用いて売買されるなら、その時こそ真の勇気、節制、正義、一言にして言えば、真の徳が存在するのだ。

 真の徳は知恵を伴うものであって、快楽、恐怖その他全てそういうものが加わろうが、取り去られようが、それは問題ではない。しかしこれらが知恵から切り離されて相互の間で交換されるならば、そのような徳は、いわば絵に描いた餅にすぎないのであり、まこと奴隷の徳であり、何らの健全さも真実も含まないであろう。真の徳とは節制であれ、正義であれ、勇気であれ、全てそのような情念からの正に浄化であり、知恵こそこの浄めの役を果たすものではないか。

 あの、我々のために浄めの秘儀なるものを作ってくれた人々も、恐らく軽蔑すべきではないのかもしれない。あの人たちが昔から語っていたこと、つまり秘儀によって浄められることなしにハーデース(冥府)に至るものは泥土の中に横たわり、秘儀を受けて浄められてからかの地に至るものは、神々とともに住むであろうと語っていたことは、実は謎の言葉でこの事を暗示していたのではないだろうか。実際、秘儀に携わる人々が言うように、『バッコスの杖を持つ人は多いが、真実のバッコスのしもべは少ない』。僕の考えでは、このバッコスのしもべとは真に哲学に携わる人々にほかならない。

 僕もそういう人々の一人になりたいと、一生の間、できるだけ何一つ疎かにせずあらゆる努力を続けてきた。僕の努力が正しかったか、何らかの成果をおさめ得たかどうかは、あの世へ行った時に、明らかになし得るであろう、もし神が望み給うならば。思うに、その時はもうすぐなのだ。これが、シミアスとケベス、僕の弁明だ。僕が君たちやこの世の主人たちから離れていくにあたって、あの世でも、この世と同じように、よき主人たち(神々)や仲間たちに会えるだろうと確信して、苦しみや嘆きもしないのはなぜか、ということのね。もしこの弁明で、僕がアテナイの裁判官たちを納得させたより、もっとよく君たちを納得させたのなら、嬉しいことだが。」

 

 『パイドン』のテクスト全体、また彼の死をめぐる物語の全体、更にはプラトンの著作全体の中で、当然の事ながらソクラテスは、哲学的な生、純粋な生を送っている人物として現れている。

つまり、いかなる情念にも、いかなる欲望にも、抑制されざるいかなる欲求にも、いかなる誤った意見にも乱されることのない生を送っている人物[=善きパレーシアステース]として現れているということである。そしてこのソクラテスは、幾度となく都市国家において面倒な市民たちにつきまとわれてうんざりされられることがある。また『国家』第八巻において語られる「悪しき民主的都市国家」では、「一人ひとりが理性の原則にも真理の原則にも従わず、自制することができないままに様々に異なる利害・情念に衝き動かされて互いに理解しない、好き勝手なお喋りをする者たち」=「悪しきパレーシアステースたち」の只中にもいることになる。そういう「悪しきパレーシアステースたち」或いは「バッコスの杖を持つ人たち」が跋扈するこの世にあって、ソクラテスの如き「真実のバッコスのしもべたち」=「真に哲学に携わる人々」=「真の徳を持つよき仲間たち」=「よきパレーシアステースたち」は少ない。しかし、少ないとはいえ、同じく「真実のバッコスのしもべ」たるよき仲間たちがこの世にいることには変わりがない。ソクラテスが死を恐れないのは、そのように、あの世においても、この世においてと全く同様に、よき主人たち(神々)とよき仲間たちに会うことができるであろうと確信していたからである。このテクストではっきりと示されているのは、この世とあの世との間には恐らく差異があるということであり、その差異とはあの世においては全てがこの世に優っているということではある。しかしそうであるとはいえ、それは、我々がこの世にあっては病者のような者であり、死とは自分たちの生という病から解放されて自由になることであるという主張から展開される議論とはいえない。

 

※『パイドン』66e-67b:「[…]もし何かを純粋に見ようとするなら、肉体から離れて、魂そのものによって、物そのものを見なければならないということは、我々には確かに明白な事実なのだ。そして思うに、その時にこそ、我々が求め、恋焦がれているというもの、即ち知恵が、我々のものになりえるのだ。我々の議論の示すように、それは死んでからであって、生きているうちには不可能なのだ。なぜなら、もし我々が肉体とともに会っては、何事をも純粋に捉えることができないとすれば、残るところは二つに一つ、つまり決して知に到達し得ないか、或いは死後にではないか。死んで初めて、魂は肉体から離れ純粋に魂だけになるが、それまでは不可能なのだからね。

 そして生きている間は、次のようにすれば知に最も近づき得るだろうと思う。即ちどうしてもやむを得ない場合以外は、できるだけ肉体と交わったり共同したりすることを避け、肉体の本性に染まらず清浄であるように努め、神ご自身が我々を解き放してくださるのを待つことだ。こうして肉体の愚かさから離れて清浄であれば、我々は恐らく同じように汚れない人々と共にあり、我々自身を通して全ての汚れない真実に至るであろう。清浄でないものが清浄なものに触れることは許されないことだから。」

 

 ソクラテスはかくも賢明で、かくも身体から引き離された生を送っていた。そのような生にとってこの世に害悪はありえない。死を迎えようとしている時、死を受け入れる時、死を喜んでいる時に、ソクラテスは決して生が一つの病であるなどとは語りもしなかったし、考えてもいなかった。そこから突然ソクラテスの遺言に登場した「アスクレピオスへの捧げ物」という語りにおいて問題となっているのが生という病から解放してくれた神への感謝なのだなどという考えをソクラテスが持っていたとは考えられない。しかし、「アスクレピオスへの捧げ物」という儀礼的行為は、病を参照する一つの儀礼の内部で行われるということは非常に正確なことであり、他方でソクラテスが生そのものを病とはみなしていないし、また死その物が一つの治癒であるとみなされることもありえないということがまた正確なことであるとすれば、この問題は一体どのように解決しうるのか。一体ソクラテスが「アスクレピオスに捧げ物をしてくれ」と言わしめた時に、何が病と目されていたのか、そして人々が実際にそこから解放されて自由になるとはどういうことなのか。そしてアスクレピオスへの感謝とは何を感謝してのことなのか。

 

7.デュメジルの解釈②-クリトンの脱獄提案のエピソードに注目する-

 デュメジルは『クリトン』におけるクリトンが、ソクラテスに対して脱走を提案しに来たエピソードと、『パイドン』におけるソクラテスの最後の言葉がクリトンに向けられてものであったことに注目する。その上で「我々はアスクレピオスに雄鶏一羽の借りがある」というこの最後の言葉に注目してみると、呼び止められているのがクリトンであるのにもかかわらず、その直後で、負債はクリトン一人ではなくて「我々」が負っている、となっている。この「我々」という言い方からは、ソクラテスとクリトンとその他の人々が含まれていると考えることもできるし、少なくともクリトンとソクラテスの二人が負債を負っている、ということは確実である。彼らが共に追っていたとされるこの負債とは何なのか。少なくともクリトンが呼び止められた以上、彼はその負債がなんなのかについて完璧に知っているはずである。そこで、クリトンとソクラテス(原文ではプラトンになっている)が差し向かいになる唯一の対話である「脱走を提案しにきたクリトンのエピソード」に対して問わなければならない。

 

ソクラテスに脱走を提案したクリトンの主張

①もしソクラテスが逃げなければ、ソクラテスはまず自分自身を裏切ることになるだろう。

②もしソクラテスが死を受け入れて、ソクラテスの子どもたちを彼がそこで何もしてやることのできないような生に委ねるとしたら、ソクラテスソクラテス自身の子どもたちを裏切ることになるだろう。

③もしソクラテスを救い出すために、ソクラテスの友人たちがあらゆる手を尽くすことも、あらゆる手段を探すことも、あらゆる可能な手立てを用いることもしなかった、という非難を受けるとしたら、それは他の市民たちや世論の前で、ソクラテスの友人たちにとって恥辱となるだろう。そしてソクラテスソクラテスの友人たちは、いわば世論の前で、そして世論によって、恥辱を受けることになるだろう。

 

ソクラテスのクリトンに対する返答(フーコーデュメジルの解釈込み)

 そのように盲目的に人々の意見に従いうるなどと考えることはできない。たとえば体育が問題となる時、つまり身体に与えるべき気配りが問題となる時、人は万人の意見に従うだろうか。それともそれに精通している人々の意見に従うだろうか。もし万人の意見に従い、どんな人の意見にでも従うとしたら、一体何が起こるだろうか。その時には、誤った養生法に従うことになり、身体は多大なる害悪を被るだろう。身体は、堕落し、損なわれ、破壊されるだろう。

 それと同様に、もはや身体にとって有用であるかそれとも有害であるかという事に関してではなく、我々自身の一部分である魂に関わることである正義と不正、善と悪との差異が問題となる時、つまり魂への気配りが問題となる時に、それを知らない人々の意見に従うことは、魂が損なわれ、堕落し、破壊されてしまう恐れがあるのではないか。そうならないためには何が正義で何が不正かの決定を可能にするものにのみ配慮することが肝要である。何が正義で何が不正かを決定するものは真理である。したがって、自己自身のことを気にかけるなら、魂への気配りに専心し、それが破壊され堕落するのを避けたいなら真理に従わなければならない。

 

 フーコーソクラテスがクリトンに返答していることについて、「魂が形而上学的に基礎づけられる以前に、自己の自己に対する関係が問いに付されている」としている。そして、以上のクリトンとソクラテスの問答のエピソードと、ソクラテスの遺言に見られる「アスクレピオスへの捧げ物」の意味からフーコーデュメジルが引き出す結論は、次のとおりである。

ソクラテスの遺言において暗に言われている「病」とは「正義と不正、善と悪との差異とが関わる魂を損なわせ、堕落させ、破壊してしまい、悪い状態にしてしまうもの」=「真理の観点から吟味もテストもされず試練にも掛けられていない、誤りを含む万人(悪しきパレーシアステースたち)の意見」である。

②「病を治癒する」とは、魂を堕落した状態から健康な状態に回復させることであり、そうすることが可能なものとは「アレーテイア(真理)」によって武装された意見であり、理性的ロゴス(プロネーシスを特徴づけるもの)である。

アスクレピオスへの感謝の意味での「雄鶏の捧げ物」は、以上の意味での「病の治癒」を感謝する意味合いでの儀礼的行為である。

 

プロネーシス(phronēsis):アリストテレス『ニコマコス倫理学』第6巻に登場する概念。「プロネーシス(思慮深さ)とは「人間にとっての善悪がかかわる行為の領域における、ロゴス(分別)を具えた真なる性向」である[…]。善く行為することそれ自体が行為の目的なのである。[…]自分にとっての善と人間にとっての善を見ぬくことができる[…]、家政を司る人々や政治家たちがそうした人々である[…]。」(アリストテレス『ニコマコス倫理学1140b)。

 

8.補足-ソクラテスの「真理の勇気」-

 当然のことながら、ここで仏語訳された『パイドン』のalla apodote kai mê amelêsête=「その借りを返しておいてくれ」が「私の借りを返しておいてくれ」と誤訳されていることが問題となる。元の文は「クリトン、我々はアスクレピオスに雄鶏一羽の借りがある。その借りを返しておいてくれ、忘れないようにしてくれ」である。「アスクレピオスへの雄鶏一羽の借り」は、ソクラテス一人の借りではなくて、「我々」、つまり最低限でもソクラテスとクリトンの二人、可能性としてはソクラテスを含めたその取り巻きたる弟子たち・友人たち全てが含まれていると考えられる。つまり、ソクラテスの弟子たちだけでなく、ソクラテスにも治癒がもたらされたということである。ソクラテスと彼の取り巻きとの間には、共感と友愛の絆、或いは連帯責任の絆がある、つまり、弟子たちのうちの一人が上記の意味での病を患うとき、他の取り巻きたちも、そしてソクラテス本人もまたそれを分かちあう。「我々」のうちに最低限含まれていると考えられるクリトンとソクラテスの「病」とその治癒について、クリトンの脱走提案のエピソードに絡めて考えれば、「病に罹る」とは、ソクラテスにもクリトンの脱走提案の力説に説得されて脱走を決意することがありえたかもしれない、ということに該当する。その「逆」を保証するのはソクラテスの、真理を保持するその忍耐力としての「勇気」以外には何もない。ソクラテスの自分自身及び真理に対する関係のみが、つまり彼の「真理の勇気」のみが、彼が誤った意見を聞き、それによって誘惑されるがままになることを妨げた。なお、クリトンが病から治癒したまさにその時になされ得たかもしれないアスクレピオスへの捧げ物は、その時にはなされず、ソクラテスが死ぬ時になされたということも、その捧げ物がクリトンの名においてのみならず、ソクラテスの名において、ソクラテスがまさに死ぬ瞬間においてしかなされ得ないということを意味している。このこともまた、ソクラテスの自らの死に際しての「真理の勇気」のみが、「我々」にあたるソクラテスとクリトン及びソクラテスの弟子たち全てを、魂の堕落という病から治癒しえたのだといえる根拠である。これが、まさにソクラテス流の「自己への配慮=他者への配慮」である「自己と他者の統治」であるわけだ。そしてソクラテスは最後に言う。「私が君たちにいつも言っていることをやってくれたまえ。」「君たち自身(の魂)に配慮したまえ」。つまり、「数少ないバッコスの真実のしもべ」=「真のパレーシアステース」として、「真理の勇気」を持て、と。ソクラテスの「真理の勇気」、それは、文字通り自らに死を招くことになる最大の勇気を必要とするパレーシアの行使に、自らの命を捧げた者こそが有するものであった。

 

9.まとめ

 フーコーは『真理の勇気』講義の前年度の講義に当たる『自己と他者の統治』講義の冒頭で、カントの『啓蒙とは何か』を取り上げている。この『啓蒙とは何か』の解析と、上記に取り上げたソクラテスの遺言についてのフーコーデュメジルの解釈の間には、類似した「理念型」、ないし「プソイドモルフォーゼ(擬態)」の関係が抽出できると考えられる。フーコーは『啓蒙とは何か』の分析を『自己と他者の統治』講義の冒頭に据え置くことについて、これを「補説」、「引用句みたいなもの」といい、講義の大部分において自分が選ぶもののうちにおいて重要である「自己と他者の統治」の問題系と完全一致し、極めて厳密な言葉でそれを定式化してくれる「紋章」のようなものだとしている。私見ではこの位置づけは『真理の勇気』講義においても連続して引き継がれていると思われる。これは基本的には「批判と啓蒙」の関係に関わる問題となる。フーコーの解釈するカントとソクラテスとの間に類似した「理念型」ないし「擬態」関係があるのは、フーコー「自己の自己に対する関係」というところで、カントの言うところの「批判」における「理性の理性に対する関係」、つまり「理性による理性自身の能力の吟味によって認識能力の限界を定める」ということと、「自己の倫理」の構成としての「抵抗」の基点となる「プロネーシス」、及び「真理の勇気」という問題との間にデプラスマン(転移)の関係を見出した結果であるということが理解できるように思われる。フーコーは『自己と他者の統治』講義の更に前年度に当たる『主体の解釈学』において次のように述べている(訳語に若干変更を加えている)。

 

 私は[…]自己の倫理の再構成が不可能であると感じさせるような何かを見て取らなければならないのではないかと思っています。しかし自己の倫理を構成することは恐らく緊急かつ根本的な課題であり、政治的にも不可欠な課題なのです。自己の自己に対する関係においてしか、政治的権力に対する抵抗点、第一にして究極の抵抗点はない[…]。[…]権力の問題、政治権力の問題を、統治(心)性という、もっと一般的な問題の中において考え直してみましょう。統治(心)性という言葉で、権力の諸関係の戦略的領野と考えてください。そして権力も、単に政治的な意味には留まらない、もっと広い意味で理解してください。さて、このように統治(心)性を権力の諸関係の戦略的領野の一つとして理解してみるならば、つまり、権力の諸関係の流動的で、変更可能で、逆転可能な側面に注目して見るならば、この統治(心)性の概念は、主体という要素を、理論的にも実践的にも経由せずに済ますことはできません。この場合主体とは、自己の自己に対する関係として定義されるでしょう。制度としての政治権力の理論は、普通法的な主体の法律上の概念にもとづいていますが、それに対して統治(心)性の分析-即ち、逆転可能な諸関係の総体としての権力の分析-は、自己の自己に対する関係によって規定された主体の倫理に基づかなければならないのです。[…]「権力」「統治(心)性」「自己と他者たちの統治」「自己の自己に対する関係」、この四者は連鎖して網目のようにつながっていること、そして、これらの概念を中心にして、政治の問題と倫理の問題を連結することが出来なくてはならないのです。(フーコー『主体の解釈学』p.295)。

 

 言わずと知れた事であるが、カントは認識能力を感性・知性・理性に大別し、更に狭義の感性・想像力・知性・判断力・狭義の理性に細分した。それに即して純粋知性の批判として真[=認識]の領域にかかわるものとして『純粋理性批判』を、狭義の純粋理性の批判として善[=倫理]の領域にかかわるものとして『実践理性批判』を、純粋判断力の批判として美[=美学]の領域にかかわるものとして『判断力批判』を著した。そして、自由に行為する存在としての人間が自分自身に対してなすこと、なし得ることなさねばならないことを規定するのを目的としたのが『人間学』であった。この四つのテクストを貫徹しているのが「批判」であり、フーコーは『言葉と物』で、これが淵源となった近現代の哲学的人間学の潮流において「人間学的配置」ないし「人間学の四辺形」とよばれるエピステーメーが生じたとした。『啓蒙とは何か』の分析において重要な問題として取り上げられたのは、「啓蒙」による「未成年状態」からの「脱出」であるが、フーコーがこのテクストのうちに見出すのは、近現代においてはこの「未成年状態」が、「三大批判」(ないし暗に『人間学』)が淵源となった「人間学的配置」=「人間学の四辺形」=「人間主義」によって規定されることによって生じているということであった。これが統治(心)性[=人心を掌握する権力の諸関係の戦略的領野]と密接に関わることは言うまでもないことである。そこで彼は、近現代において「批判」の果たしうる機能とは、この四つのテクストから「未成年状態」を解析するという役割を担いうるとしていた。そしてそのような「批判」を契機として、理性を行使しての「啓蒙」による「未成年状態」からの「脱出」の可能性が生まれるとした。「啓蒙」にあたっての「理性の行使」は、己自身から解放された時だけ、自律性を確保でる正当的な行使でありうる。そしてフーコーは「敢えて賢明であれ!自分自身の知性を行使する勇気を持て」が「啓蒙」の「標語」として提示されていることに注目し、「標語とはそれによって人々が自分達を認めさせる弁別的な徴であると同時に、人々が自分たちに課しまた他人たちに示す指令でもあるということを指摘した上で、啓蒙とは、人々が集団的に構成するプロセスであると同時に、また個人的に実行すべき勇気の行為であるとしている。これが先の『主体の解釈学』でいうところの「自己の自己に対する関係」「自己と他者たちの統治」(自己への配慮ないし他者への配慮)の問題系の定式になっているのであり、この「啓蒙と批判」の関係についての解析が、上記の解析で見ていくと、そのままソクラテスの遺言を巡る解釈においても見出される。悪しき民主制において跋扈している、プロネーシスを具えていない大勢の悪しきパレーシアステースの、真理の観点から吟味もテストもされず試練にも掛けられていない、善と悪・正義と不正の分別について誤りを含んだ意見がもたらす「病」の蔓延がもたらすのは、真理の開示ではなく、その反対に真理(アレーテイア)を覆う隠匿(レーテー)の闇である(ギリシャ語アレーテイアにはレーテーという語が含まれており、アレーテイアはその意味で非隠匿という意味がある)。フーコーデュメジルに依拠しながらソクラテスにこだわったわけは、ソクラテスを例にだすことによって、プロネーシスを具えた数少ない「真実のバッコスのしもべ」=「真のパレーシアステース」の友愛的な連帯や「真理の勇気」(それも死を賭けなければならないほどの最大の勇気を要する「真理の勇気」)こそが、「病」の蔓延している統治(心)性に対する究極の「抵抗」点たりうるのであり、またそのような統治(心)性を一気に逆転させ、そのような「病」を治癒することがある、ということだったのではないだろうか。

 肯定的な意味でのパレーシアは、プラトンの対話篇に端を発するそれぞれの学派によって形態は様々ではるが、紀元前世紀から紀元後五世紀までの千年間にも及んで、ギリシアのテクストからキリスト教のテクストにまで見られていた。ここで取り上げたソクラテスの遺言についての分析は、その数々のパレーシアステースの一例を挙げたに過ぎないが、では、フーコーにとって、その後の空白(パレーシアが失われていく歴史過程)を挟んでカントの『啓蒙とは何か』を取り上げ、プロネーシスを具えた自律的な真のパレーシアステースたちを取り上げた意義とは何だったのだろうか。それは、ソクラテスが置かれたのと同じような状況に置かれるような孤独な単独者が、時代・地域を超えて、近現代においても、それこそ「バッコスの杖を持つ者は多いが、真実のバッコスのしもべは少ない」と『パイドン』に記されているのと同様に、「統治(心)性」という権力の諸関係の戦略的領野において孤立した抵抗点として「布置」される可能性が常にあるということではなかろうか。それが近現代においては、そうした孤独な単独者が常に、近現代の自由とそのプログラムとしての「人間学的配置」=「人間学の四辺形」の生み出す排除構造の犠牲者となる可能性があるということにあたる。フーコーは『権力と知』において次のように述べている。

 

 人はしばしば私に向かって批判する。つまりフーコーは、「権力」関係を到るところにばらまいた結果、抵抗の可能性を奪ってしまったと。しかし、事態は逆なのです。こうした個体的、局部的な相互の抗争関係として権力を捉えることで、人はどこにどのような形で抵抗が可能となるかをその瞬間その瞬間に具体的に知ることができるのです。(『フーコー・コレクション4』p.421

 

 この記述を見ると、まるで権力関係の分析を抵抗点を発見するために用いる道具のようにみなしているであろう。フーコーが新たな人権宣言として位置づけた『政府に対しては、人権を』などにおいてあからさまであるが、フーコーが人権(国際的市民権)という大義に、倫理的にも政治的にも連帯していたことはよく知られている。フーコーの連帯は生活と理論の両面で実行されており、彼は孤立者・弱者・敗者・狂者・逸脱者等に与し、汚名に塗れた人々の生涯に与した。フーコーの著作全般に言えることでもあるが、特に後期においてパレーシアを取り上げるに至るフーコーの講義を読んでから更に他の著作を読んでいくと、常に自己の倫理の構成と我々の連帯を妨げる力を限りなく侵犯していく試みとして、歴史の厚みをもって説得力をもたせようとしているように思えてならないのだ。ことに『真理の勇気』の講義は、死期が迫っているだけに、そのような「魂の叫び声」としての度合いが強いように思われる。ここで取り上げたのはごく僅かにソクラテスの遺言についての分析のみであるが、フーコーが取り上げた「真理の勇気」の超歴史的な存在論の問題系はこれだけにとどまるものではない。だが一部分であってもここにこのように提示してみようと思った。それは昨今、ネットの普及により、真理の観点からなんの吟味もなされないままに発せられる虚偽に満ちたヘイトスピーチ等の「悪しきパレーシア」が跋扈しているためである。それらは統治(心)性という権力諸関係の戦略的領野において、それこそ戦略的な煽動によってがん細胞のように止めどとなく増えていっているように思われる。いわれのない排除構造を構築して排除されそうになっている方たちにとっては、いたずらに声を上げることが難しくなっていると思われる。そうした問題について、フーコーが提示した統治(心)性において抵抗点として点在する孤独な者たち同士の「真理の勇気」と友愛の連帯の問題系こそは、非常にクリティカルな議論を提示してくれるだろう。

 

注)

※1:私は『パイドン』69a-eについて引用したが、フーコー自身が講義において実際に引用したのはもっと短く、69D-Eである。しかし、ここで敢えてその前後のテクストも含めて引用したのは、フーコー自身が暗に『パイドン』のテクスト全体の考察をすべきと言っているのも含めて、フーコーが展開している議論の補足になりうるものと思われたからである。特にフーコーが『パイドン』69D-Eの次に引用して解釈を施す『パイドン』67Aとの関わりでも、69A-Cを参照しておくことは理解の助けになると思われるたので引用した。

 

参考文献リスト

Michel Foucault, L'Herméneutique du sujet - Cours au collège de France. 1981-1982, HAUTES ÉTUDES, GALLIMARD SEUIL 2001(邦訳:廣瀬浩司/原和之訳『ミシェル・フーコー思考集成11 主体の解釈学』筑摩書房 2004)

Michel Foucault, Le gouvernement de soi et des autres - Cours au collège de France.1982-1983, HAUTES ÉTUDES, GALLIMARD SEUIL 2008(邦訳:阿部崇訳『ミシェル・フーコー思考集成12 自己と他者の統治』筑摩書房 2010)

Michel Foucault, Le courage de la vérité – Le gouvernement de soi et des autres Ⅱ - Cours au collège de France.1983-1984, HAUTES ÉTUDES, GALLIMARD SEUIL 2009(邦訳:慎改康之訳『ミシェル・フーコー講義集成13 真理の勇気-自己と他者の統治Ⅱ-』筑摩書房 2012)

ミシェル・フーコーフーコー・コレクション4 権力・監禁』ちくま学芸文庫 2006

アリストテレス『ニコマコス倫理学(下)』光文社古典新訳文庫 2016

フリードリヒ・ニーチェニーチェ全集8 悦ばしき知識』ちくま学芸文庫 1993

プラトンプラトン全集1 エウテュプロン/ソクラテスの弁明/クリトン/パイドン岩波書店 2005

プラトン『ソークラテースの弁明/クリトーン/パイドーン』新潮文庫 1968

 

灰羽連盟とグノーシス-クウにおける開示真理と単独者としての旅立ち-

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「すべてのものがロゴスによって生じた。そしてそれなくしては、無が生じた。ロゴスの内に命があった。生命は人間を照らす光であった。光は闇の中で輝いている。闇は光を理解しなかった(阻止できなかった)。」『ヨハネによる福音書』1:3-5


この頁はかつてトゥギャッターで提示した『灰羽連盟』におけるクウの描写についての考察を増補し、まとめ直したものです。まず、考察にあたって使われる術語についての説明を施しておきます。

①事実:感性的・感情的・論理形式的に認識される世界のありようのことと捉えてください。

②真理:世界の現象の論理的再構成に関する抽象的な真理命題のことと捉えてください。 私たちは世界を多数の「事実」で知り、「真理命題」の集合体の有機構造の把握形式で思考しているとします。私たちの思考は「真理命題」の有機構造と個々ばらばらな「事実命題」の集合を関係付けて、そこから新しい真理命題を演繹するという論理操作になっているとします。

③ロゴス:私たちの思考は以上の「真理命題」の有機構造と個々ばらばらな事実命題の集合を関係付け、そこから新しい真理命題を演繹するという論理操作になっているとし、このような論理思考を「ロゴス」と呼称することにします。

④開示真理:これはロゴスの演繹展開にあって、何かを契機として突然に「ずれ」が起こるとき、真理命題の構造世界が別の構造世界に切り替わる一瞬にあって、垣間見える「何か」を指します。この「何か」というのは、ロゴスの構造が別の構造に切り替わるとき、その隙間に瞬間に現れる、「「無」への気づき」のことです。これがグノーシス文書で多用される「グノーシス」と同義とします。「開示真理」=「グノーシス」=「無への気づき」はロゴスを前提としていますがロゴスではありませんし、ロゴス的認識でもありません。なぜならこれはロゴスの有機構造のズレ・裂け目に生じる「何か」だからです。

「無とは存在者の『無い』であり、従って存在者から経験される存在[への気付き]である。」(マルティン・ハイデガー『根拠の本質について』)

 

さて、本題に入ります。

私見では『灰羽連盟』の主要テーマは、(中途までは)「人は本来的に「孤独」であり、その立ち位置のまわりには無限の暗黒の深淵があって、人は孤独に生まれ孤独に消え去って行く」というものだったと思われます。この孤独と暗黒とは、自己がどこから来たのか、そしてどこへ行くのか分からないという闇です。本来的自己が分からないということです。

孤独と本来性の不在のなかで、ある日クウは、「ふと何かが分かって」光となって旅立ちます。クウの名の真名は「空(くう)」[=充満空虚]であったということが我々鑑賞者には見て取ることが出来ます。その名の関連からしてもですが、「空っぽ(欠乏状態)であったコップが充満した」のち、彼女はふっと消え去っていきました。これを私は「グノーシス」によるものに他ならないと考えます。ある日のふとした「無への気づき」である「開示真理」と、孤独の暗黒とは無関係ではありません。「グノーシス」とは、自己の中に自己の本来性の根拠を見出す事(本来的自己の認識)であり、人々の間にある無限の暗黒の深淵が実は既に乗り越えられていると自覚することに他なりません。このことは、劇中においては「空っぽであったコップに満ちていく水滴の一滴一滴がクウの人々との関係に関わるものでもある」ことがすっぽり当てはまっています。「開示真理」=「グノーシス」は、絶望の中に「光」を見いだすことであり、この光は、ロゴスの構造の裂け目にあって垣間見える「無」であって、ロゴスではありません。クウ本人においては、この「開示真理」が彼女に生じたことによって、人々の間にある暗黒の深淵の乗り越えが自覚された、つまり「全き人間」となったのです。『ヘルメス選集Ⅳ ヘルメスからタトへ-クラテール或いは一なる者-』によれば「認識(グノーシス)に与った者は、全き人間となった」とあります。

ヴァレンティヌス派(二世紀のキリスト教グノーシス主義の一派)において、グノーシスの対象は次のように要約されています。「私たちは誰であったか。私たちは何になったか。私たちはどこにいたか。私たちはどこへ投げ入れられたか。私たちはどこへ急いでいるのか。私たちは何によって救済されるのか。誕生とは何か。再生とは何か。私たちを自由にするのはこれらに関する認識である」(アレクサンドリアのクレメンス『テオドトス抜粋集』)。ここで言われていることは取り立てて「ヴァレンティノス派」にのみ当てはまるというわけではなく、他のグノーシス文書にもみられることです。ここに示されているのは、まず、生命が世界の中へ、光が闇の中へ、魂が肉体の中へ「投げ入れられている」ということです(このイメージは、灰羽たちの誕生の仕方においてまざまざと描かれていると思われます)。そしてこの「投げ入れられている」ということは、私たちに加えられた暴力だ、というのは私を問答無用に私が現在いる場所に置き、現在そうである私にするのだから、というのです。また、私が作ったわけでもなく、私が従うべき法の世界とは別の法を持つ世界に、私を見出すという受動性が示されています。そしてこの「投げ入れられている」というイメージは、そのような仕方で始められた実存の全体に、力動的なものという性質を付与しています。この性質はある目標ないし結末に向かって「急ぐ」、というものです。それはつまり、「グノーシス」を獲得したものは、帰結として、「この世」から「過ぎ去って行く者」ないし「旅立っていく者」となる、ということです。グノーシス文書的に言えば、それは「この世」から光の超越的世界であり安息の世界である「プレーローマ」(それは生まれる前の故郷でもある)に帰還する者となることであり、その実は「無」に還る者となることです。例としていくつか上げておきますが、『ヘルメス選集Ⅰ ヘルメス・トリスメギストスなるポイマンドレース』には「本来的自己を智解した者は至高神に還る。なぜならそれは一切の父が光と生命とから成り、人間は彼から生まれたからである。至高神と人間が同じものから成っていることを学ぶなら、自己を知解する者は再び生命に還るであろう」といった趣旨の会話が記述されています。またナグ・ハマディ文書の『真理の福音』にも「もし人に認識(グノーシス)があるなら、その人は上からの者である。もし彼が呼ばれるなら、彼は聞き、答え、彼を呼んでいる者へと向きを変え、彼のもとに昇っていく。そして、彼はどのようにして自分が呼ばれたかを知る。認識(グノーシス)を得て、彼は自分を呼んだ者の意志を行い、彼の意に添うことを欲し、安息を受ける。一人一人の名がその人に帰される。このようにして認識するであろう者は、自分が何処から来て、何処へ行くかを知る。彼は酔い痴れていて、酔いから覚めた者のように、自己を知るのである。彼はおのれに帰って、自分のものを整えたのである」とあります。

灰羽連盟』のクウにおいて生じた「開示真理」=「グノーシス」の獲得そのものは、作中の誰にも理解されないようなかたちで演出されているように思われます。クウはただ、先に述べた「空っぽであったコップが充満した」、「そのコップに満ちていく水滴の一滴一滴がクウの人々との関係に関わるものだ」ということだけがわかるまるで象徴語的なセリフを作中の人々に語るだけです。作中のキャラクターたちには、それが何のことかよくわかりません。普通、人が言葉を発するのは、他者に理解を求めてのこと(つまり人々の心と心の間の通い合わせようとすること)ですが、クウのこの発言の場合はむしろ理解されない、或いは理解されることすら求めていないような言葉の発せられ方をしていると思われます。クウこのような発言は、自己が無へと還り、消え去っていく孤独者(単独者)の発言です。彼女自身そういう自覚のもとに発言していると捉えられます。彼女がそうであるのは、先に述べたように、「開示真理」=「グノーシス」により、自己の中に自己の本来性の根拠を見出しており、人々の間にある無限の暗黒の深淵が実は既に乗り越えられていると自覚しているからです。同じようなことを、我々はイエス・キリストに見て取ることが出来ます。イエスは「人と人の間に神の王国がある」と教えました。その教えだけを見れば、「人と人の間に神の王国がある」というのは、「人の心と心の間に通い合いがある」ということになるでしょう。しかし、そのイエス自身はどうであったでしょうか。彼の言葉は極めて象徴語的です。彼は他者との間に無限の距離があり、他者との間に深淵がある孤独者でした。つまり、イエス自身は「人の心と心の間の通い合いがある」と言う意味で解する限りは「人と人の間に神の王国が成立している」とは到底言えない孤独者でした。イエスの数々の発言もまた、自己が無へと還り、滅び去っていく孤独者(単独者)の発言です。その発言はグノーシスの覚知者の、つまり既に自己の中に自己の本来性の根拠を見出し、人々の間にある無限の暗黒の深淵が実は既に乗り越えられていると自覚している者の発言にほかなりません。このような孤独なイエスという観点から見いだされるのは、「人の心と心の間に通い合いがある」という意味で解される「人と人の間に神の王国がある」という場合の「神の王国」が、実は本当の「神の王国」ではないということを裏書しています。つまり真の「神の王国」は、イエスのような、他者との間に無限の距離があり、他者との間に深淵があるが、その人自身は既にそれを乗り越えていることを自覚しているという孤独者にこそ宿っている、ということになります。クウにはまさに、この真の「神の王国」が宿っているのです。そしてこの神の王国は「この世のもの」ではない。

クウの行動がどのようなものであるかということについて周囲の灰羽たちならびに人々に理解されているのは、ただ灰羽たちの宿命の外観、つまり、灰羽たちがいつかどことなく生まれ落ち、そしてその灰羽たちにいつか「何か」が生じることによって、灰羽たちは独り光となって旅立っていくという宿命の外観だけです。しかし、どうしてそうなるのかは、グノーシスを獲得していない者たちには理解できないし、普段はそれを意識することもありません。通常の日常生活を営んでいることによってそれを覆い隠しているのです。グノーシスを獲得した者だけしかその宿命の本当の理由を理解できないのです。先ほど引用した『ヘルメス選集Ⅳ』の続きには、グノーシスを獲得した者たちとは対照的な者たちとしてそれをロギコイ(ロゴスだけの者)と言い、「ロギコイ(ロゴスだけの者)たちは叡智(グノーシスにあたる)を獲得しておらず、何のために、また何によって生まれたかを知らない」と語られています。周りの灰羽たちにはどうしてかわからないまま、クウは、クウのことを理解は出来ぬが気にかけている他の灰羽たちのことなども意に介しもせず、ただ独りになって、ふっと消え去っていきます。これによって初めてそのような灰羽の宿命を見た主人公ラッカはひどくショックを受けてしまったほどであり、他の灰羽たちも悲嘆にくれます。

作中のキャラクターたちだけでなく、『灰羽連盟』を鑑賞された方々には、このクウの描写が、それ以前の日常描写とはうってかわって極めて異様に、というかある種の不安を煽るような、強烈な「不気味さ」をもって描かれていると映らなかったでしょうか。少なくとも私にはそう演出されているように映りました。これを私なりに整理すると、作中の灰羽たちだけにとどまらず、私たち鑑賞者も含めて、「この世」において日常生活を営むロギコイである者たち、つまり未だグノーシスを獲得しておらず、本来的自己がわからないままであることに心地よさを覚えている者たちである「世人」=「闇の住人」には理解のできない、「光」=「グノーシス」を獲得した者がとる「非-世人」的な行動をクウがとり、それをロギコイたちに、否が応でもまざまざと焼き付けたからではないか、と思われるのです。「不気味」を意味するドイツ語のunheimlichは、ハイデガーによれば語源的には「我が家にあらざる」の意味であるそうですが、「家」を「この世」の象徴語と解するグノーシス文書的にこの意味を捉えるなら、まさにその「不気味さ」は、「この世にあらざる」ことが我々の眼にも強烈に焼き付くが故に生じると言えるのではないでしょうか。『灰羽連盟』のこの演出方法が、私には非常に見事であった上、非常に考えさせられることが多かったと思うわけです。

しかしながら、私見では『灰羽連盟』のこの「人は本来的に「孤独」であり、その立ち位置のまわりには無限の暗黒の深淵があって、人は孤独に生まれ孤独に消え去って行く」を核たるテーマとして描き出されていくストーリーは、クウの場合においてのみ透徹して描き出されていたと思われます。ストーリーの終盤において描き出されるラッカとレキの交流、ないし最後に光となって去っていくレキのストーリーは、その真名の開示という描写に関しては確かに面白いのですが、このテーマの限りではないでしょう。クウの場合は、ある日のふとした気づきによる欠乏状態の充満、孤独の自我にあって光が「神の王国」であり、全ての人は「神の王国」によって安息があるという展望、これがクウの描写には不気味なほどに強烈に見出されていたのですが、レキのストーリーの場合は、その深層心理の描写なにか同じ不気味な描写があっても、クウのそれとは違い、むしろラッカとの心の交流がなければ救いがありませんでした。それが悪いストーリーだと結論づけているわけではありませんが、この点に何かテーマ的にズレを感じてしまっている、というのが拭いきれない、ということを述べて締めくくりたいと思います。